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神戸都市問題研究所メールマガジン「マンスリーレポート」 第131号

2017年12月1日発行

〜日本の奉仕活動について〜

公益財団法人神戸都市問題研究所 理事長 新野 幸次郎

日本人は奉仕の精神が希薄であるという意見があります。西欧では、ノブレス・オブリージュ(すなわち、身分の高い人は、徳を備え、下層のために、お金だけでなく自分の一番大切なものである命さえ投げ出すこと)が重視されてきたのに、わが国ではこういう考え方はなかったというのがそれです。

そう言えば、阪神・淡路大震災の時のボランティア活動が、わが国におけるボランティアに革命を齎したと言われるのは、それと関係があると言ってよいかもしれません。すなわち、わが国でも古くから社会のための奉仕活動は色々と行われていました。しかし、それは必ずしも西欧のような個人の「任意無償行為」ではありませんでした。そうした奉仕活動の必要性を自覚した組織や団体が人々に呼びかけて、何がしかの手当なども出して活動をさせた場合が多かったのです。しかし、阪神・淡路大震災のときには、その惨状を見た学生や青年たちが、自分の財布をはたいて、誰の指示もなしに被災地の救援・復興に駆けつけた完全な任意無償行為になりました。それを契機にわが国ではじめてNPO法まで制定されました。

よく考えてみると、しかし、日本人が人のため、社会のために尽くすという奉仕活動の想いは、西欧よりは強かったと言えないことはありません。内村鑑三が「代表的日本人」でとりあげた上杉鷹山のように、藩民の生活向上のため藩主である自らが節倹に努め、キリストのように活動した封建領主は西欧にはいなかったかもしれません。また貧困な生活を超克するために、夫々の職業の社会的役割を主張し、自らの職業に打ち込んだ二宮尊徳のような人達を封建時代でさえ、多数持つことになったわが国は、西欧人よりもむしろ進んだ認識に恵まれていたと言わねばなりません。

しかし、今日、例えば、アメリカの複数の代表的企業家などが、国際的な病気の治療救済などのために、一挙に百億円をこえるような寄附などの社会奉仕をするのに比べると、わが国の社会奉仕活動はごく限られています。考えてみると、これは、わが国の企業活動の成果が、色々な条件のために西欧の代表的企業のそれとは異なっているからであって、奉仕理念や職業倫理や職業に打ち込む努力が希薄だからではありません。その努力の成果を上げる能力と制度が欠けているからだと言ってよいでしょう。グローバリゼーションの進展に伴なって、あらゆる部門で企業間競争が激しくなった今こそ日本の企業家は、高齢化と人口減の中で、その職業の維持と発展のために単に身を削るだけでなく、命をかけて精進しなければなりません。