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神戸都市問題研究所メールマガジン「マンスリーレポート」 第110号

2016年3月1日発行

〜不測と混迷の時代と教育 ― 課題先進国日本(その5) ―〜

公益財団法人神戸都市問題研究所 理事長 新野 幸次郎

いまから35年も前、ポートピア博覧会でのシンポジウムで基調講演をしたK.E.ボールディングは、朝日新聞に次のようなエッセイを発表した。モノをつくる生産要素として絶対必要なエネルギーも資材も少ない日本が、世界第2のGDPをもつ国になったのは、前者より決定的に必要な生産要素であるノウ・ハウを蓄積した国であるからだというのがそれです。

そう言えば、明治維新後、福沢諭吉は「学問のすすめ」を全国民にアピールしました。その本の冒頭で、彼は千年以上も前から全日本人の教科書の役割を果してきたといわれる「実語教」のこともとりあげ、日本人がこれまでも学び考えることを通じて、人間そのものと生活の充実を図ろうとしてきたことをとりあげていました。ノーベル賞学者であったB・ラッセルはかつて教育の目的として、活力、勇気、感受性と知性とをあげました。すなわち、人間は感受性が強く、社会や人生の色々な問題を自覚すると、その原因について知性を働かせて糾明し、勇気をもってその問題解決に努める。しかし、問題解決はそう簡単ではないのでその目的達成のための何よりも活力がなければいけない。教育はそういう人間をつくることを目的としているとのべています。ラッセルのいう人間形成ができると、その人達は、いわゆる社会的資本になるだけでなく、社会発展の原動力の一つとなるイノベーションを生み出す人になる可能性もあります。

いま不幸にして、世界全体は、きわめて不透明で、混迷した時代になっています。経済成長一つとりあげても、労働力人口が減少し、しかも労働生産性の上昇を可能にする全要素生産性を規定している政治の枠組みや経済制度がきわめて不安定な時代です。こんなときには、何よりも教育の重点化が一番大切になります。

世界各国でもいまこの課題に応えようとし、教育に力点をおこうとしています。しかし、かつて世界から注目されていた教育国だったわが国では、GDPの中での教育の公費負担率や高等教育費でも各国の動きとは逆に縮小しています。特に国立大学については法人化以来、国からの交付金も毎年削減され、大学は自分の力での競争的資金確保に追われる嘆かわしい状況です。

お金だけの問題ではありません。教育の根本は「実語教」で示されているように、人を思う真の人間づくりであり、それで成果をあげるためには、教える先生が人々から尊敬され、すべての人々が何十年か後の社会の充実を目指して人づくりに打ち込むことが望まれます。しかし、最近の地域創生でも、いかに出生率を高めるかや雇用確保のための企業、産業の振興を図るかといった面しか注目していません。言葉の真の意味の地域創生は、人づくりから始めなければなりません。