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神戸都市問題研究所メールマガジン「マンスリーレポート」 第104号

2015年9月1日発行

〜地域創生と経済活性化・人間教育 ― 幕藩体制の示唆 ―〜

公益財団法人神戸都市問題研究所 理事長 新野 幸次郎

「地方消滅」を訴えた日本創生会議の人口減少対策について喧喧諤諤の議論が展開されています。皆さんご承知のように問題解決のための政策提案はできるだけ早く効果をあげようとする内容のものが多いです。私は、いまこそあえて幕藩体制内の地域創生のことを想起してみたいと思います。

幕藩体制は、藩主の幕府への功績を中心に全国各地に大小さまざまに分封されて出来上がりました。しかし、決められた石高と実際の収穫高は気候、地形などによって多様でした。おまけに、大名は参勤交代および江戸屋敷での生活の他に幕府から時に命ぜられるお手伝い普請などの負担も重なって、財政窮迫を告げていました。幕藩体制のある時期には、総人口はほぼ定常状態であったといわれています。また今日のように藩をこえて自由に人口移動できる体制ではなかったので、今日のような人口減少による地方消滅の問題はありませんでした。しかし、財政危機による藩消滅の危機はありました。ところでこの財政危機は、色々なことから起りました。例えば、松代藩のように大水害によって石高が三分の一も減少した場合もあります。また政治的な理由により百万石の大藩から最後は十五万石に減封された米沢藩のような場合など実に多様です。

わが国の幕藩体制は、先述の参勤交代制などもあって、世界の中世封建体制の中ではとくに急速な商品経済化を進展させました。各藩はその流れの中で、財政危機克服のために、産業振興とそのための商人・農民・職人などの人材育成と社会システムの形成に努めました。社会システムとしては、松代藩の家老恩田木工や米沢藩の藩主上杉鷹山のように誰よりも厳しく自ら節制に努め、行政改革と産業振興に励みました。恩田はとくに急進的なものを避けて対話と合意を尊重し、鷹山も能力に応じた人の配置に注意するとともに、産業改革の中心に家臣を有徳な人間に育てることを重点におきました。その意味では、恩田も鷹山も人間の育成と教育を基本にしました。

人間教育といえば、幕藩体制内で、各藩は福沢諭吉が、「学問のすすめ」の冒頭にもとりあげている「実語教」が示唆するように、わが国の幕藩体制では全国的に万民に開放された寺小屋が開設され、各藩はこぞって藩校を設け、私塾を奨励してきました。かつて、米国の有名な経済学者ボールディングは、生産要素として必要なエネルギーも資材にも欠ける日本がかつて世界第二のGDPをもつ国になったのは寺子屋をはじめとするすぐれた人間教育のお蔭であると言いました。いま、私たちは、人口数だけに目を向けて地方消滅を論じ、対策を求めていますが、あらためて幕藩体制内の各藩の経済振興と人間教育とに眼を向けて言葉の真の意味での地方創生を考えなえければなりません。