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理事長 新野 幸次郎 巻頭言

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神戸都市問題研究所メールマガジン「マンスリーレポート」 第61号
  2012年2月1日発行

 

 〜3.11を全国民の同時体験の日にしよう〜

 

財団法人神戸都市問題研究所 理事長 新野 幸次郎

 
 震災復興構想会議の議長代理だった御厨貴さんが新著を出版されました。「『戦後』が終わり『災後』が始まる」という題名の本がそれです。昨年3月11日の東日本大震災(地震名としては東北地方太平洋沖地震と命名された)は、死者数が1万5千名をこえ、しかもその9割がかつて経験したことのない大津波によるもので、未だに3,500名近くの行方不明者がある大震災でした(阪神・淡路大震災のときは、行方不明は3名でした)。さらに、わが国で初めて発生した原発事故災害のために10万人をこえる避難者が生まれ、そのうち2万5千人位の方々は数十年間は、家に帰れない状態になりました。これは、太平洋戦争で日本が敗北したときの日本国民全体の悲痛な体験にも匹敵するといってよい体験です。御厨さんは、この点に着目し、3.11を戦後の諸問題の解決を要請する新しい転期であると受けとめて、「災後」という新しい画期をしようとしておられるのです。
そう言えば、今回の3.11は、明治維新による開国、太平洋戦争敗戦による開国にも比類する新しい開国であるという主張もない訳ではありません。しかし、花巻を故郷と考える生活をしてこられた山折哲雄さんが、「東北地方は忘れられている」と訴えておられるように(日本経済新聞、夕刊、平成24年1月18日号)、全国民が必ずしも今回の3.11大震災を自らの同時体験として対応しようとしていないことは認めざるをえません。私自身も阪神・淡路大震災を体験し、その復興のために色々な被災状況を直視しながら働きました。しかし、あれだけの大震災でも特定地域中心の直下型の活断層地震であったために、被災地で大きな火災が発生し、消火活動や救援活動が必死に行われているときでも、お隣りの大阪市のホテルでは結婚式や披露宴が和やかに催されていました。ある人が被災地を少し離れると天国と地獄の違いが現れるといわれましたが、あの時全国各地からまた世界中から大変な支援をして頂いていてこんな言い方は許されませんが、しかし、あの恐ろしさと厳しさはそれを体験した者でないと判らないことが残ることは否定できません。
 その証拠に、私たちは、今回の3.11で、神戸の時とは違って、家業として農業や漁業やサービス業を営んでこられた人達が圧倒的に多く、その人達が塩害や船の流出やまちの崩壊による顧客の退出のために、生活基盤を失っている苦悩や、原発事故のために何十年も家に帰れなくなった人達の絶望を、自分自身の体験のように受けとめていないことは認めざるをえません。
 御厨さんが、「戦後」に代わる「災後」が始まると本当に言えるためには、今回の大震災を敗戦時およびそのあとのような苦しみと同じ全国民の同時体験として受けとめることが不可欠です。そうでなければ3.11の大震災からの復興は困難です。



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