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理事長 新野 幸次郎 巻頭言

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神戸都市問題研究所メールマガジン「マンスリーレポート」 第42号
  2010年7月1日発行

 

 〜 六甲山をみんなの山にする工夫(その2) 〜

 

財団法人神戸都市問題研究所 理事長 新野 幸次郎

 
 皆さんはきっと近年六甲山の新緑や紅葉が際立って美しく映えるようになったことにお気付きと思います。気候のせいも勿論ありますが、よく考えてみると六甲山の樹木がみな素晴らしく大きくなり、一本一本の木がその枝を大きく拡げるようになったことが、その一因ではないかと思います。
 というのは、今から32年前、私が母校神戸大学の創立75周年の式典の世話役をさせられた経験もあってのことです。その式典のあと、前庭でパーティを開くことになりましたが、当時大学が上筒井から六甲台に移った昭和4年に植えたヒマラヤ杉をはじめとする多数の樹木がやたらに大きくなって間伐をしなければならなくなりました。
 大学の樹木は植林してから40年足らずでしたが、考えてみると六甲山は植林をはじめてから一世紀以上も経ちます。私は不勉強で六甲山の樹木を一本一本どれだけ大きくなり、どんな状態になっているかを点検していません。そんなことを考えているとき、全国の森林で猛威を振るう「ナラ枯れ」が六甲山にも迫っていることが報じられました。六甲山は不思議な山で、日本の災害対策の歴史でも画期的な地位を保っています。ちなみに、昭和13年の大洪水のとき、六甲山系のあちこちで砂防事故が起こり、砂防工事事務所が創設されましたが、砂防工事といえば明治28年の集中豪雨で最初の砂防治水工事が着手され、その翌年河川法、さらにその翌年の明治30年には、森林法、砂防法が制定されたことになっています。また、六甲山の災害に関連した対策法の制定についてみますと、昭和36年の災害のときには、六甲山系だけでなく、経済成長期を反映して全国的に山麓での宅地開発が急増しつつあったこともあって、翌昭和37年には「宅地造成等規制法」が施行されることになり、昭和42年の災害のときには、また「急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律」(いわゆる急傾斜法)が施行されることになりました(なお、神戸市でも既に昭和35年に「傾斜地における土木工事の規制に関する条例」を制定し、対応しようとしていたことは注目できます)。
 そう言えば、世界に例がないといわれるほど大規模な六甲山の植林も、山腹斜面の侵食防止と水源確保、すなわち、災害対策を意識した施策であったことは銘記しておかねばなりません。その植林100周年を記念して伊藤ハム(株)の協賛をえて、2003年からは毎週3回、ボランティア約300人の力で「森の学校」を開き、森の手入れや間伐も行なうようになりました。これはイギリスのコモンズの活動のような世界に誇れる素晴らしい活動です。
 しかし、残念ながらこの規模では、全山の樹木の管理ができる体制とはいえません。我が国は、山林部が国土の3割にすぎない英国とは違って山林部が7割を占める山林王国です。その山林が今、山中間部の過疎化等もあって完全に麻痺し、多数の河川が疲弊し、海も汚染する状況になり全土をあげて森林整備が問題になっている国です。もし我々が、今六甲山の森林保全に万全の体制をつくりあげることが出来れば、日本全体の森林整備に先駆的なモデルをつくりあげることが出来ます。阪神・淡路大震災で私たちは、20世紀の都市づくりを根本的に変革し、21世紀に安全・安心な都市づくりを基本にしなければならないとの問題提起をすることになりました。私たちはあらためて六甲山の歴史を生かして、六甲山を日本全体の森林整備のモデル地区に仕上げることも考えなければなりません。



 

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