トップページヘ戻る
KIURロゴ

理事長 新野 幸次郎 巻頭言

「理事長 新野 幸次郎 巻頭言」一覧へ

神戸都市問題研究所メールマガジン「マンスリーレポート」 第26号
  2009年3月2日発行

 

 〜 沖縄の「ちむぐりさ」と賀川豊彦 〜

 

財団法人神戸都市問題研究所 理事長 新野 幸次郎

 
 私は、有難いことに、神戸市の社会福祉協議会会長の今井鎮雄さんとは、永年に亘って大変親しくさせて頂いています。そのお陰で、以前から阿部志郎さんを存じあげるようになり、ご一緒にシンポジウムに同席させて頂いたこともあります。阿部さんは、現在社会福祉法人横須賀基督教社会館の名誉館長であるとともに、いま神戸に縁のある賀川豊彦献身100年記念事業東京プロジェクト実行委員長も勤めておられます。それもあって先般、しあわせの村にあるシルバー・カレッジで、「愛し愛されての人生-賀川豊彦-」と題する素晴らしいお話を聞くことができました。
 今日はそのお話の中で紹介された沖縄の「ちむぐりさ」という言葉をとりあげてみます。沖縄では戦争で4人に1人の県民が死んだのです。ところが、生き残った人々は、自分だけ助かったと喜ばないで、失われた命に対してすまない、申し訳ないと受けとめ、失われた人に対して自分の「肝が苦しむ」という意味で、この「ちむぐりさ」という言葉を使うようになったといわれるのです。
 賀川豊彦は、皆さんの中にもご存知の人もあるように、4歳で父、5歳で母を失い、引きとられた養父の家も15歳の時破産しました。賀川豊彦は「愛されない子」として投げ出されました。その賀川さんを、二人の宣教師が心から愛し、経済的にも援助をしました。その過程で、賀川さんは誰よりも人を愛する人になられました。阿部さんは、ソニーの井深さんが、障害児のお嬢さんをもつようになられてから、この子は「私の十字架だ」と言われていましたが、そのうち、「私の光だ」と言われるようになられ、後半生を、子供さんたちのために働かれたといわれます。そういえば、神戸の人達がよく存じあげていたワールドの木口衛さんもそうです。木口さんは大震災からの復興で障害者など、社会的に弱い立場の方々が「あとまわし」になっている状況をご覧になり、地域社会が一体になった福祉創造のために財団を設立されました。
 自分の身体で、こうした光を見出した方々は、沖縄で生き残り、「ちむぐりさ」と言われた方々と同じ福祉の心をもたれたのだと思います。今年は、その賀川さんの献身100年記念事業が実行されることになります。全国に先駆けて、福祉を行政の措置事業としてではなく、市民と企業と行政とが一体になって協働するものと考えて市民福祉という言葉を創り条例を設けたわが神戸市で、「ちむぐりさ」の気持が拡がり、ともすれば希望を見失いがちな現代、お互いに福祉のために協働をはじめたいものだと思います。



 

6510083 神戸市中央区浜辺通5丁目114
神戸商工貿易センタービル18

TEL 078(252)0984

FAX 078(252)0877

KIURバナー
トップページヘ戻る